ハイジの心で感じるままに

自然とともに、私を生きる。

父親を越える、今日という特別な日

今日の記事は100%自分のためだけに書きます。

そして長文なので、ご了承ください。

 

今日は、私の父親の命日です。

 

8月6日は広島に原爆が投下された日ですし、

平和に想いを馳せないわけではありませんが、

 

たくさんの尊い命と

たった一人の大切な人の命を考えたときに、

 

私はどうしても父親のことを想ってしまいます。

 

今朝起きたときに、

すごく気持ちが重たくて

嫌な感じがすると瞬間的に思いました。

 

普段どおりの家事をしながらも、

涙がポロポロこぼれてきます。

 

それもそう。

 

大げさとかじゃなく、

私は人生の中で今日という日を越えて

生きているイメージがわかなかったから。

 

私は33歳なのですが、

父親も33歳だった年の今日、

海に釣りに行っていて高波にさらわれて亡くなりました。

 

もう、そのことについては

自分の中では消化しているつもりです。

 

けれど、10歳の私が感じた死別の衝撃によって

「父親の年齢を越えて生きることはできないんだ…」

と無意識で感じて、今日まで生きてきたんだと思います。

 

いつの間にか、私の中で今日という日がくることに恐怖を感じていたのかもしれません。

 

人生が33年しかないのなら…

周りの人と笑い合って楽しく生きたいと思い、

周りにいてくれる人に感謝の気持ちを伝えること、仲良くすること、

なるべくやりたいことはすぐ行動に移すことなど…

 

一日一日後悔しないように生きてきたつもりです。

 

 

それは、

無意識の領域で、33歳の今日

「生きること」が終わると思っていたから。

 

そんな駆け足で生きてきたような人生なので、

その分犠牲にしてきたものや感情もたくさんあります。

 

今年に入ってから本当に自分のことを

これでもかって見つめてきたのですが、

 

それもたぶん

今日という日のためだと思います。

 

 

父親は就職して2年でサラリーマンを辞め、

田舎に移住しました。

 

無農薬、有機栽培の農業で

地球上の動植物と共生すること、

永続可能な社会を実現すること、

そんな大きな理想を掲げて働いていました。

 

すべては循環しているので、

人間の都合で自然を破壊することは

必ず人間を苦しめることになる。

 

近い将来、食糧危機が来たときに

尊い子どもたちに残してあげられるのは

豊かな土壌だけ。

 

いつもそんな想いを胸に自然と向き合っていた、

と母親から聞きましたし、

そんな父親の背中を10年間だけでしたが

私はこの目で見させてもらいました。

 

当時は、今ほどネットなども発達していなかったですし、

農薬をバンバンかけて

大量生産をして綺麗な農作物を作ることでしか

農家は食べていけない、

と周りの人たちに反対されながら、

 

けれど父親の譲れない信念に基づいて、

未来の地球やそこに生きる人や動物たちのことを常に考え、

自分の理想と現実の狭間で闘っていたのだと思います。

 

物事の本質に気づくことのできる父親もまた、

すごくすごく繊細な部分を持っていて、

それを太陽のような母親が支えていました。

 

もちろん現実はいいことばかりではなかったし、

私も普通の家族に生まれたかったと思うほど、

すべてが父親の夢中心の生活でした。

 

当時の私は、

そんな父親からの愛情を感じることができず、

とても厳しく育てられたため、

父親の夢にとって私は邪魔な存在なんだと思っていました。

 

けれど、今ならわかります。

 

父親が私を大切に想い、深い愛情があるからこそ

未来の地球に生きる子どもたちのために

自分に何ができるのか?と自問自答しながら、

葛藤しながら生きていたんだろうなぁと。

 

そのスケールが大きすぎて、

小さい私には理解できなかっただけ。

 

今はそんな父親を誇りに思いますし、

めちゃくちゃ自慢できるカッコいい父親です。

 

「地球やそこに生きる人々のために何ができるか?」

と考える遺伝子が、

私の中に確実に残っているのもわかります。

 

そして、大自然の中で育ててもらったことに

本当に感謝しています。

 

 

しかし、23年前の今日、

夢も志半ばでどんな気持ちで亡くなったのかな…

と今でもふと思い出すことがあります。

 

けれど、母親はいつも私や弟に言ってくれます。

 

「お父さんは生きている時間は人より短かったけれど、自分の夢を追いかけ、自分のやりたいことを思いっきりすることができた、幸せな人生だったんだよ。」

と。

 

そっかぁ…そうだよね。

 

人より短く、濃い人生だっただけ。

やりたいことができて、幸せだったんだよね。

 

お父さんが幸せならそれで良かった…

と思います。

 

けれど、やはり

この記事を書いていて思います。

 

誰かに哀れんでほしいわけでもないし、

同情してほしいわけでもないし、

今日という特別な日に感じたことを

ただ記録として残しておきたかっただけなんだけど…

 

やっぱり書きながら涙が出てくるのは、

「今ごろお父さんが生きていたら、どんな顔で、どんな話をするだろう?」

って思うからなんだと思います。

 

娘だけど、

一緒にお酒を飲みながら

いろんな話をしたかったし

いろんなことをもっと教えてほしかったなぁって。

 

過去に縛られているつもりはないんだけど、

やっぱり私の心の中には普通に

「寂しい」「会いたい」

という感情があるんだなぁって感じます。

 

心で繋がっていると頭では分かっていても

もう二度と顔が見れないのは事実だから…

 

でも、今日ぐらい

思いっきりそんな感情を味わってあげても

いいのかなぁって。

 

自分の中にある感情を受け入れてあげられたら

また明日から前を向いて生きていける気がして。

 

明日からちょっと未知の世界なんだけれど、

毎日生きて、

この命が尽きるまで

私にできることを精一杯しながら

大切な人たちと生きていくだけ。

 

そんな姿をいつも空から

見守ってくれてるかなぁって思います。

 

もしかしたら私が空を見上げるのは

父親と繋がりたいからなのかもしれません…

 

今日は父親が大好きだったエビスビールで

一緒に乾杯して、

心の中でたくさんお喋りしたいと思います。

 

「お父さん、私はお父さんの子どもに生まれて本当に良かった。

大切なことをたくさん教えてくれて、本当にありがとう。

また光の世界で会おうね!」