ハイジの心で感じるままに

自然とともに、私を生きる。

冬至の日にすることって?

みなさん、こんにちは。

今日は冬至ですね。

 

スピリチュアル界隈では、色んなことが言われていますが、

私は季節の一つの区切りとして認識してはいるものの

冬至」だから何かをしないと、とは全く思いません。

 

ゆず湯に入ってあったまろうかなぁって思ったりはしますが。

その理由は「私が好きで、そうしたいから」です。

 

みんな「こうしたい」と感じたことを

感じた通りにすればいいと思うのです。

 

今年の冬至は特に

「エネルギーが降り注ぐ日」

「ゲートが閉まる日」

などと言われていますが

 

エネルギーは、いつもみんなに等しく降り注いでいます。

 

もちろん、それに意識を向け、

今ここに生きていることに感謝するきっかけにしたり

自分について見つめ直す機会にしたりすることは

とてもいいことだと思います。

 

そしてそういった概念や、一人一人の感覚を否定するつもりもありません。

その人が「楽しい」「心地いい」と思えるなら、それは素晴らしいことだからです。

 

大切なのは

それに振り回されることなく

 

「私が」したいことをする。

それも、したいと思ったタイミングで。

 

なんだと思います。

 

最近、小さい頃の記憶を思い出している中で

すごく大切なことを思い出しました。

 

たとえば、私が小学生のころ、

山の中で一人で遊んでいる時の話。

 

例えば、その日が人間にとって特別な日だったとしても

この身一つで自然の中に入ってしまえば、何も関係ないのです。

 

特別な日だからといって、何かが変わるわけではなく

自然は自然として「ただそこに在る」

それだけなのです。

 

自然は自然としてそこに存在し

私は私としてそこに存在している。

ただ、それだけのことなのです。

 

そこには優劣も、良い悪いもありません。

 

何かが「特別である」と思いたいのは

正直、人間だけ、ということもできると思います。

 

特別だからと言って、自分の感覚を無視して

そこに居続けると、何か危ない目に合うかもしれません。

 

本当にその瞬間に大切にしなければいけないのは

「自分が今どう感じているか」という感覚、そのものなのです。

 

私はその肌感覚のようなものを

ありのままの自然の中で教えてもらいました。

 

そしてその経験から、本来、人間がどのような状況においても信じるべきは

「自分の感覚」なんだと思っています。

 

 

 

言ってしまえば

数字も季節も人間が創り出した概念でしかありません。

人間が、言葉を用いて、この世界をわかりやすく説明しようとした。

 

それがこの世界の概念であり

私たちの捉えている世界です。

 

きっと私たち人間はその概念の恩恵を受けたり、苦しめられたりする中で

多くのことを学ぼうとしたし、

実際に多くのことを学んだのだと思うのです。

 

だけど、本当に大切なのは

私たち一人一人が持っている「感覚」を

学んできた「知識」とともに

どう活かしていくのかだと思います。

 

概念に縛られるのではなく

あらゆる知識を持っている、この私が

「今どう感じ、どうしたいと思うのか」

これこそが一番大切なことなんじゃないかなって。

 

それって、何も特別な日じゃなくても

この瞬間にしたいと思えば、そうすればいい。

 

それがたまたまピッタリ季節の変わり目や

縁起のいい日に重なれば、それはすごくラッキーなことかもしれない。

 

何もやる気が出なかったり、きっかけが見つけられなかったりする人は

そういうきっかけにする日として、

特別な日を活用したら、いい後押しがもらえるのかもしれない。

 

だけど、どこまでいっても大切なのは

「私が」「今この瞬間に」「何を感じ」「何をしたいのか」

なんだと思います。

 

この4つのカッコには

外側の要因は一切入っていません。

 

それこそが

本当の私の望みなんだと思います。

 

その自分の望みに素直に行動することに

日も、誰かの意見も、世間の目も一切関係ありません。

 

もう一度言いますが、

 

大切なことは

「私が」したいことをする。

それも、したいと思ったタイミングで。

です。

 

 

私は、今朝ふと「こうしたい」と思ったことをしようと思います。

 

みなさんが、今、したいことは何ですか?